2008年10月30日(木曜日)
生還(ギリギリ)
一昨日の夜中から昨日の丸一日とちょっと、ずっと体温が「39.0〜39.8度」の間を行ったり来たりでダウンしてました。高熱は出し慣れてる(笑)私でもやっぱ39度超えちゃうとフラフラでトイレに起きるのもやっとです。もしかしてこの冬第一号のインフルエンザ患者?えっ一番乗りっすか!?とも思ったけど、その後咳が酷いとかも無いから違う。ちょっと前にお腹痛かったりしたけど、高熱出すほどとてつもないストレスを受けたって自覚はない。つまりチクチクと積もり積もった…疲労とか?先週「谷川岳」に行ってきたりしたせいかな?何かそんなところ?…なのかな?まぁイイや、取り合えずやっと熱下がったようだから。ただ丸一日こんだけ高い熱でずっとベッドに横たわってると、首から背中や腰にかけてバーンと筋肉が張っちゃってる。関節もヤラれてるからそっちも痛みが出てる。そんなワケで今日はあんまり動けません。明日くらいまでは安静にしてなきゃダメっぽいっス。しっかし出るときは半端なく出る高熱体質って何なんだろう?小さい頃からワリと定期的に来るんだよね。どこの医者にも原因は分からないって言われてるし。最近は自分で「いつかこの熱でぽっくり死ぬんだろうなぁ」って真面目に感じてます(笑)。だって…今はイイけど60、70代になったら40度近くの高熱に簡単には耐えられないよ。そこから内臓のどっかが不全になってすぐ死んじゃうよ。まぁジワジワ病んで死んでいくよりはある日の朝にワーッ!って熱出て次の日にポックリ逝っちゃう方が当人はラクかもしれんけどさ。花火みたいに「パアッと燃え尽きた」って感じもまたアリかなと思うけども(笑)。
つーことで、更新が止まってた言い訳をダラダラしてみました。へへへ。虚弱の夜明けは来ないねぇ…ホント。近頃つくずく思うんだけどね、体ってそんな簡単に健康にはならないんだよなぁってこと。例えば一度掛かった病気は数値上治ったように見えることはあっても、けして「なかったこと」にはならないんだよね。薬を処方してもらい服用して不具合が解消されたり、さらには外科的な処置で悪いところを取り去って完治させたとする。勿論そうすることで、そうする前よりずっと元気にはなるのは確か。けれど病を患った「事実」は明らかに全身に負荷を掛けてきた「経験」として記憶と肉体に刻まれる。完治したように見えてもそれは病気になる以前の健康体を取り戻したことにはならない。そこにあるのは一度病気を経た肉体。その肉体がどの程度もともとの健康体に近いのかは患った病や体力差によって違いはあると思うが、いずれも100%ということはないワケで……な〜んてことをグダグダと具合が悪くて寝てる時には考えたりもしちゃうのよね(笑)。まぁこれ病気とか怪我とかに限った事じゃないよね?生きてく上で経験する全ての事がこんな風に自然と自分の何処かに刻まれてるってことだ。何かを食べて美味しいと感じた味の記憶、知らなかった知識を知った喜び、誰かを傷つけてしまった時の苦い気持ち、それら全部、一度でも通り過ぎたらそれらを知らなかった頃の自分には二度と戻る事はない。思い出したくないような想い出や出来事でも全てを受け入れて「共生」していくのが、生きるってこと、すなわち「人生」なんだよなぁとようやくこの歳になって気がついてきた私です(遅っ)。「スルー」なんてないんだよね、なにもかも。生きるって大変なんだ、うん。
[wrote by けろすけ at 15:10]
- [Permalink]
[comments] (6)
[trackbacks] (0)
- ▲Top
