『リバティーン』(放蕩者)と銘打ったワリにはそれほど豪快で破天荒な部分は本作では描かれてなかったように思える。とはいえ、史実に残ってるような放蕩っプリがマジならば、到底それらは“普通に映像化”させられるようなモノでもないので、むしろ本作ではあえて個々の男女の絡み部分は絵として出す事は控えた模様。じゃあエロは控え目かというとそうではない。沢山ある(笑)。アレコレ細かく書きたい気持ちはイロイロあるんですけどね、説明すると「エロス」が単なる「エロ」に変換されてしまうような気がするのでヤメます。ココは作品を実際見てそれぞれに感じてもらいたいですから。とにもかくにもジョニデがエロカッコイイのは確か。
本来ジョニー・デップという俳優は、こういう作品が似合うと思う。
「パイレーツ・オブ・カリビアン」や「チャーリーとチョコレート工場」ですっかりコメディ要素のアクの強い役がハマって、今やトップクラスのハリヴッドスター様ですけれど、私は「デッドマン」や「ブレイブ」などで見れるジョニデが好きだ。アウトローというんじゃないが、己の人生を自信満々に真ん中を歩いている人というより、真ん中を歩こうとはしてるんだけど、気がついたらウンと端っこの方を歩いちゃってるタイプの人を演じてるジョニデが好きだ(笑)。今回のロチェスター伯爵だって、地位と才能と美貌だけを見ればド真ん中のストライクゾーンを大手を振って歩ける人なのに、生まれついての気性難と天の邪鬼が悪さをして脇道を歩くハメになってるような気がするし。
余韻の残る作品だと思いました。
ずしっと心の深いところに、人1人の生き様が重くのし掛かる感じで、私には残りました。サスガにジョニデが出演を即決しただけのことはあって、これはジョニデでなければダメだった作品だと思う。彼が演じたからこそ「残る」のだと。彼の美しさが無ければ、作品後半の崩壊する様との壮絶なコントラストは描けなかったし、淫らでありながらも高潔という品の良さがなければ、国王に寵愛されるクラスの貴族感は出なかったと思うし。彼以外の役者でこの役は考えられない。ストーリーに特別な吸引力はなく、むしろ地味な脚本だと思うので、ジョニデの魅力でラストまで引っ張って、なおかつ余韻まで残せた作品だと。
万人向けではないです。むしろ観たくない人もたくさんいそうな作品です。私自身も何度も観たいかと問われたら微妙(笑)。しかしずっと残っているだろうと思える作品なんです。難しいですがそんな表現が精いっぱい。史実の人間の生涯を描いた作品はワリと好きな方なんです。死ぬまでの過程を丁寧に見せてくれるような作品とか。けれどそられは全て「生き様」を見せてくれるものであって「死に様」を見せつける作品ではないのです。「リバティーン」は確実に後者なんですよ。死に様を見せつけるんです。権力にたて突き、ロクな仕事もせず、女に溺れ愛を弄んで、才能を浪費して、…手に余るほど与えられた幸福をたいして有り難いとも感じなかったおバカさん。でもそれらに気づかないまま死んでしまえればイイじゃない?周りはエライ迷惑だろうが(笑)当人はオールオッケーなハズ。なのにロチェスター伯爵は病によって崩壊する自分を見せつけられ、悔い改めなくてはならない様々なことに気がつかされて、思い知らされて、改心した時に死ぬんです。私に言わせりゃ最悪の死に方です(笑) 。気がつかないまま死んだほうがマシなことって世の中には沢山あるじゃないですか?我侭で傍若無人ならばそのまま、そのまま死ねたら最高じゃないですか?なのにロチェスター伯爵は逆だもん。せめて「気づかないフリ」で逝けたら本望なのに、フリすら許されないという容赦の無さだし。
一番残ったのはね、死ぬ間際、奥さんに向かってもう一度「あのときのことを語ってくれ」というシーン。映画の冒頭と同じように奥さんは語り始める。その求めの真意の何もかもをわかっていても奥さんは普通に語る。イロイロ書かないけども、あのシーンはグッと来たよ、うん。
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