2008年08月04日
赤塚キャラは永遠です
赤塚不二夫さんがお亡くなりに……(泣)。また1つ昭和の巨星逝くといった感じでしょうか。なんて言うのかなぁ…勿論恐ろしいほど才能に溢れた人であるのは周知ですが、才や能だけじゃなくて「時代」がぴたっと寄り添って、人生にさらなる輝きを与えた人の1人だと思うんですよ。作詞家の故「阿久悠」氏なんかと一緒で、あの昭和のあの時代だったからこそスパークした「星」だったと。
いつの頃だったか「起きてる時はずっと(酒)飲んでる。だから寝てる間は点滴で焼酎を入れて欲しい」って笑って仰ってた姿が一番思い出されますし、当時同じ酒呑みとしてそのコメントに激しく同意したものでした。赤塚センセーの描いたマンガはどれもみんな面白くて好きだけど、何といってもキャラがイイ。幼い頃に知ったキャラが今でも自分の記憶から薄れずに存在してるのって奇跡に近い。それも「あぁ何かいたねぇ…」なんて曖昧なうろ覚えじゃなく、姿も名前も言動も完全にインプットされてて、いつだって好きなだけ引き出して楽しめてしまう。これは私に限った事ではなく、世間一般のみなさんもそんな傾向にあるからこそ、未だにコンビニのおでんフェアは「チビ太のおでん」だし、土用の丑の日に「ウナギ犬」のポスターが貼られてたりするのだろう。……これを「愛されてる」と言わずして何と言おう。赤塚不二夫センセーは偉大だ。
今でも何も見ずに「ニャロメ」なら描ける。初めて萌えたカエルキャラは→「べし」←だった。唯一怖くない虫は世界で「ケムンパス」ただ一匹だけで(上の写真はポーチの紐につけてるケムンパス)、八百屋という看板の字を見ただけで「ア太郎」の透けてるお父さんを思いだし、5つ子と聞けば「おそ松君一家」を連想し、パンツのゴムが伸びれば「デカパンさん」ごっこをしてしまう(笑)。そう、何十年もこんなことを続けている。赤塚センセーの亡くなったこれから先もきっと私はこの連想のまま生きてくんだと思う。こんなにも多くの楽しい連想を与えてくれてありがとう。ありがとう。
赤塚不二夫先生のご冥福を心よりお祈りいたします(合掌)。
【8月7日】追記として、この下に葬儀のときにタモリさんが読まれた弔辞全文を掲載しました。あまりに心を打つ言葉の温かさというか生々しさに思わず涙…。言葉ってのは冷たくても温かくても心震わす事が出来るのだなと…涙、涙。
[wrote by けろすけ at 15:26]
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赤塚不二夫さんがお亡くなりに……(泣)。また1つ昭和の巨星逝くといった感じでしょうか。なんて言うのかなぁ…勿論恐ろしいほど才能に溢れた人であるのは周知ですが、才や能だけじゃなくて「時代」がぴたっと寄り添って、人生にさらなる輝きを与えた人の1人だと思うんですよ。作詞家の故「阿久悠」氏なんかと一緒で、あの昭和のあの時代だったからこそスパークした「星」だったと。