ただいま首都圏広域、雷バッキバキのビッカビカです。
私は雷がキライだ。
なんたって大気が不安定な状態で起こる現象なので、周囲の圧がピーンと張りつめてる。それを体感出来てしまう過敏過ぎるセンサーを搭載してる肉体なので、気圧の変化によるこじんまりとした頭痛が不快なのである。これを長く我慢しているとムカムカしてくるので、ホントは薬を飲みたいところなのだが…なんたって雷は自然現象なので薬が効くわけがない。逆に雷が終わればスッと頭痛もなくなっちゃうんだからもやっぱり薬を飲むわけにもいかない。ひたすら通り過ぎてくれるのを待つだけという直に戦えないジレンマはすごくじれったい。まぁ戦いたくとも実体がないのだが(笑)。
大人になった今、いやそれ以前からも「雷に実体がない」ということは知っていた。が、実はずうっと前、幼稚園に行くか行かないかの頃のある日の数時間の間だけ「雷は直径30cmくらいの岩」で出来ていて、それが暴れる時に音が出るのだと信じたことがあった。しかもその岩は窓を開けていれば家の中にも進入してくると。つまり空でゴロゴロっと音がして雨が降り、稲妻が走ってる時に自宅の窓を30cm以上開けといたら、雷岩が堕ちてくるのだと。時折耳をつんざくほど激しく聞こえる落雷の音は、どこかの家の中に岩がおっこちる音なのだと。
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ずば抜けて想像力豊かな子供だったとはいえ、サスガにたった1人でこのトンデモな発想が生まれたワケではなく、家にあった本にそう書かれていたのを読んでまんまと信じた結果だった。何の本だったかは定かではないが、恐らく父親が買ってきたナンセンスな嘘本の1つなんだろう(当時家には父の読んでたありとあらゆる本が転がっていて、自由に読んでも叱られない環境だった)。今でも窓から入ってくる燃えた岩の4色刷りイラストは鮮明に覚えている。まだ4才くらいだったので、当然ぜんぶの漢字までは読めず、飛び飛びに字を読んで、絵を見て想像し、親に「窓開けといちゃダメだよ!」と必死で訴えたワケだ。母親が「えー?そうなのー?怖いねー。じゃあ窓閉めとこうねー。教えてくれてありがとうね」とか愛想良くつき合ってくれてたのを良い事に、次に帰宅した父親にも得意げに「パパー、雷ってこんくらいの岩でね…」と一通り教えたところ「バッカじゃないのかお前。読んで信じたのか?これくらいの字も読めないのか。もっと勉強しろ!」と一喝され、酷く落ち込んだ私は、そこで昼に読んだ本の情報は「嘘」だと知ったワケだ。だから先に「ある日の数時間だけ」と書いたのだが、本に嘘が書かれてるだけでちょっとショックだったのに、実の親から出る言葉かよと疑うくらい冷たい父の言葉を今もハッキリ憶えている(爆笑)。4つの子相手でも常に真剣タイマン勝負だったバカおやじはこの時まだ26才くらいだったか、まぁ今にして思えばそんな若造だったなら赦してやろうかという気にもなるが、4才当時の私の落胆っぷりと言ったら筆舌に尽くせぬわ(爆笑)。
雷が酷い日にはいつも頭の中に30cmの燃える岩が思い浮かぶ。たった数時間信じた嘘なのに、今も何故かクリアな記憶だ。やっぱり子供は本を読むべきだなと思う。内容なんて嘘でも絵空事でもいい。きっと何か残るから。空気を吸うように、食事を摂るように本を読むとイイと思うよ。
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