かおもわるけりゃせいかくもわるい(顔も悪けりゃ性格も悪い)

人間は顔で判断するべきだという考えに基づいた捨て台詞。私はよく使う。顔が悪いから性格が悪くなるのか、性格が悪いから顔が悪くなるのか、ニワトリと卵の話と同じで結論は出ていない。こう書くと「それは偏見、差別」という非難の声も聞こえてくるが、誤解しないで欲しい。「悪い顔」というのは何も目や鼻の形の事を言っているのではない。人間の顔には必ずその人間の「性格」が表れるということを言いたいのである。顔と性格、どちらか一方が良くなれば必ずもう一方も良くなる。これは科学である。そういう意味では「病は気から」と同義語。

かるちょびっと(カルチョビット)

大きな期待をしていなかった物事が、実はたいへん奥深く楽しいものであった場合に使う言葉。「あんまり評判にならなかったけど、あの映画はカルチョビットだったねぇ」などと使われる。
語源は任天堂ゲームボーイアドバンス用のサッカーシミュレーションゲーム。パッケージを見て、その「かわいらしさ」「なつかしさ」に心が動き、3,800円という価格に財布のヒモが緩んだ結果、「ま、ちょっと遊べればイイかな」という気持ちで購入。
ところがこのゲーム、深い。

1)サッカーはじれったい
ゲームの作者である薗部博之氏も言っているように、サッカーとはじれったいスポーツである。そのじれったさが、ゴールの瞬間のエクスタシーを生む。このゲームはそれを忠実に再現している。ゲーム中は選手交代やフォーメーションの変更以外、一切選手を操作出来ないので、ただ見守るだけ。そして選手一人一人の成長具合と、その適性を判断する。試合を見ないで先に進むこと(スキップ)も出来るが、選手を成長させるためのアイテム(課題)をもらえなくなってしまうので、どんなにつまらない負け試合でもひたすら「見る」しかない。
2)だが確実に進化する
オフの日やベンチ入りしていない選手には「特訓」を行う。これがまたじれったい。簡単にパラメータは上がってくれないし、無理をすれば選手は疲労し、ケガをしやすくなってしまう。少しずつ少しずつ、先発組と控え組を上手く使い分けて特訓を続ける。半年も続ければ「S-A-B-C-D-E」のランクが一つ二つ上がっていくが、これも「最初はスイスイ、徐々に頭打ち」という具合でじれったい。だが、選手は確実に進化する。シーズン開始直後には一本もシュートを決められなかったFWが、数年後にはダイビングヘッドを決めているではないか。
3)数値に現れてこない「何か」
ようやく選手が平均的レベル(オールC)を超えるようになってくると、このゲームの奥深さを思い知らされることになる。FWだから「キック力」「スピード」と考えて選手のパラメータを上げてみるものの、思ったように活躍してくれない。逆に「ゴール前は任せた」と育てたはずのDFが、やたらと前線に上がりプレイをするようになる。もちろん「スピード」Aランクの選手は、Bランクの選手よりも早く走ることが出来るのだが、このゲームの選手の動きはそれだけでは判断出来ない。数値には出てこない「選手の性格」が育っているのである。無理な角度からでもすぐロングシュートを放つ選手、パスを出さずにドリブル突破を狙いたがる選手、ポジションに忠実な選手、そうでない選手...むぅ。

DSを含め、GBAソフトをプレイ出来るハードを持っているのならオススメの一本である。グラフィックが平面でも、キャラが二頭身でも、その小さな画面の中には、成長し、活躍し、しかし思い通りには動いてくれないリアルな選手達と、どうしたら勝てるかを真剣に悩んでいる監督(プレーヤー)がいる(笑)。

かるちょびっと_そのご(カルチョビット_その後)

私はまだ悩んでいる(笑)。
本当に深い。深過ぎるゲームである。

おそらくこの「深さ」は、ゲームで遊ぶ人間(監督=私)が勝手に作り出してしまっているのだと思う。そして、そうなることをゲームの作者は予測してニヤニヤしているに違いない。思う壺、である。

前回、特訓によって成長させる選手の能力とは別に、選手の性格が育つ、と書いた。その後攻略本やWEBサイトで調べ上げた結果、選手の「走る」「蹴る」といった基本能力のパラメータの他に、行動パターンを決める裏パラメータがある事が分った。その中で重要だと思われる項目が下記である。
1)ディフェンスのタイプ(ゾーンなのかマンツーマンなのか)
2)自分でボールをキープして突破を図るタイプかパスを重要視するタイプか
3)MFやDFは前線にオーバーラップするか、しないか
4)FWはどの程度動くか(ゴール前に待機する時間、守備に参加する時間)

この組み合わせによって選手がストライカーになったりアタッカーになったり、スイーパーになったりストッパーになったりする。なるほど。それならばと、私好みの選手をポジション別に数年がかりで育てあげ、配置してみる。結果、国内リーグ戦・国内カップ戦・海外でのカップ戦を全勝。私のチームはついに頂点に立ったのである。

が、しかし。
こういうゲームを好きになる人間が、これで満足するだろうか。これ程もどかしくまったりとしたゲームを好きになる人間が、ゲームのエンディングを見たからといってソフトを箱にしまうだろうか。否。「より強く」と思ってしまうのよ(笑)。

そもそもこのゲーム、選手のフォーメーションとDF・FWの基本ラインを変える事が出来る。例えば「3-5-2のシステムでDFラインとFWラインの間隔をコンパクトにして中盤のボール支配率を高めよう」といった具合。この例に最適な選手を育てて配置したとする。申し分の無い動きで監督を喜ばせてくれる選手達。ところが、あるチームに対しては「圧勝」なのに、同じレベルの他のチームには何故か「辛勝」といった現象が起こる。相手チームとの相性(フォーメーション的なもの)も関係しているようだ。そこでフォーメーションを再検討してみる。このゲームでは1チームに2種類のフォーメーションを設定出来、ゲーム中に切替える事が出来るようになっている。2つ目のフォーメーションは「5-4-1でカウンター狙いを」...あれ?
もうお分かりだと思う。3-5-2に最適化した選手は5-4-1では上手く機能しない。それならば控え選手も強化して、3-5-2用の選手と5-4-1用の選手を育ててベンチ入りさせれば...あ、そうか、選手交代って1試合3人までだっけ...げっ、要のMFがケガで退場...うわ、なんだよ相手チームに2億円のスタープレーヤーが移籍してきてるじゃん...

思う壷である。

かんのうてき(官能的)

『官能』は直訳すれば「感覚をおこす諸器官の働き」となるが、通常は性的な刺激を呼び起こされるような状況(雰囲気)に対して使われることが多い。この「状況(雰囲気)」という曖昧な言葉で分かる通り、官能の定義は難しい。例えば、直接異性の体に触れての性的刺激は『肉欲』、性器を露出した写真などは『猥褻』と、それぞれ違う表現になり『官能』とは呼べない。強いて言い換えれば『色気』、か。色ではなく色の気配。見え隠れする性の匂いのことである。肉欲は股間に訴えてくるが、官能はまず脊髄に響く。

きたじまこうすけ(北島康介)

世界のカエラーを代表する「蛙王」。強い人。「東京下町」の英雄。

もう説明の必要はありませんね。2008年北京オリンピック男子100m平泳ぎの金メダリスト、そして世界記録保持者。まだ200mが残ってるけど、感動が薄れないうちに書いてしまおう。

「チョー気持ちいぇ」「なんも言えねぇ…」...彼の魅力は、その正直さ、分かりやすさだと思う。前回の金メダルの後、彼はずっと苦しんでいたよね。「燃え尽き症候群」なんて、勝手に周りでささやく人も居たけれど、彼の苦しみは彼にしか分からない。世界の頂点に立つなんて、想像は出来ても体験出来ない事だから。不貞腐れているような様子を見せた事もあったし、皮肉交じりの言葉で自分を詰る事もあった。彼はそれをそのまま隠さなかった。隠せなかった。彼にクールな、優等生的なものを求めている人には不快だったかも知れないけど、私にはその人間臭さがとても魅力的に見えた。東京下町の悪ガキが「面白くねぇ」と吐き捨てているようで、ある意味痛快だった。

そんな苦悩の中、ある日、ある時、彼の目が変わった。「糞この野郎」という目になった。その変化も実に分かりやすく、はっきりと伝わってきた。彼を変えたのは、彼を追い越していくライバルの姿だったかも知れないし、コーチの励ましや、水泳教室で子どもに言われたささいな一言だったのかも知れない。それも彼にしか分からない。ただ彼は「もう一度やってやる」という意思を、体中から迸らせた。鳥肌が立つような感動を与えてくれるドラマの始まり...。

彼はこれから何をするのだろう。競技者として勝負を続けるのだろうか。それとも違う世界に進むのだろうか。彼を求める人は多いはずだ。CM出演、TV解説者、指導者...多くのアスリートが歩んだ道を、彼もまた進むのだろうか。どんな道であれ、彼にとって素晴らしいものでありますようにと祈らずにはいられないけれど...私の個人的な願望を最後に。

北島、肉屋のおやじになってくれ。

ダメかな。西日暮里「肉のきたじま」で、北島康介がステテコ姿で「メンチカツサンド」を売る。妙に似合うような気がするんだけど。子供たちとの水泳教室を続けながら、「うまいッスよ、チョーうまいッスよ」とメンチカツを売る北島。何年か経って、彼を知る海外の元ライバル達が「キタジマは今何をしてる?」と質問する。そしてそれに「彼は肉屋でメンチカツを売っている」と、胸を張って答えたい。「おわっ?(What?)」と彼らはもう一度問い直すだろう。そしてこちらももう一度「肉屋だよ、肉のキ・タ・ジ・マ」と答えたい。彼らは「わい?(Why?)」としばし沈黙した後、きっと笑顔になると思う。

ぎゃぐ(ギャグ)

「gag」...辞典を開くと、
1.さるぐつわ。自由な発言の禁止。
2.役者が舞台でアドリブ的に言うセリフ。
と書いてある。
二つの逆の意味を含んでいて面白いね。

最近の「お笑い芸人」の質の低下には目を覆いたくなるものがあるけれど、さすがと思わせる人ももちろんいる。二つ、挙げておく。

松本人志(ダウンタウン)の『Hey! Hey! Hey!』でオンエアされた会話。

ゲスト「私、朝早いんですよ」
松本「毎日ですか?」
ゲスト「そう、毎日、4時とか5時には起きてる」
松本「えっえええっ?」
ゲスト「起きちゃうんですよ」
松本「そんなに早く起きて何してるんですか?
   アレですか、公園で樹液を吸ったりしてるんですか?」
   
大竹一樹(さまぁ〜ず)が『リンカーン』で「相手の家族を馬鹿にするセリフ」というお題で書いたギャグ。

「お前んちの気持ち悪いオヤジ、本屋で本読んでたぞ」

ぎんがえいゆうでんせつ(銀河英雄伝説)

独断で言い切ってしまうと、性善説と性悪説の闘い。性善説を信じればラインハルトが、性悪説を信じればヤンが、それぞれヒーローとして眼に映るのではないか。私はもちろん後者である。

げいじゅつ(芸術)

芸術は民衆の中に必ず種子を残している。(芥川龍之介)

その通りだと思う。
少なくとも、種の残らない作品は芸術ではない。いくつかの種はやがて芽を出し、花を咲かせる。芸術家の多くは、その花を見る事なくこの世を去って行くが、それは悲しい事ではない。芸術家にとって悲しいのは、その種が種のまま民衆に埋もれてしまう事、そして民衆が、その種が何処からやってきたのかを忘れてしまう事である。