まえむきにけんとうする(前向きに検討する)
何もしないということ。政治家がよく使う。日本語の曖昧さを悪用すると、いくらでも同じような言い回しが可能になる。「善処したい」も同義語として有名であるが、こちらはまだ「したい」という言葉を使い、これは願望であるよと表明しているだけ良心的。
- by Shirokuman
- 12/16/2001
- ・新明解シロクマ辞典・
まんいんでんしゃ(満員電車)
日本人の精神的貧しさを象徴する乗り物。誰もが不快に思っているのに、誰もそのメカニズムに反論しない。蒸し風呂のようになっていても、窓さえ開けようとしない。そのくせ自分だけは少しでも楽をしようとする輩も多い。
通勤時、混んだ電車に乗っていて疑問に思うことは無いだろうか?「この人は何故今立っている所から動こうとしないのか?」と思うことは無いだろうか?駅に着くたびにドアが開き、大量の人間が流れ込んでくる。その流れを何とかして堰き止めようと、人柱にでもなったかのごとく、頑なに自分のポジションを守ろうとする人を私はよく見かける。実に迷惑な話である。私は男であるから、相手が男の場合は筋力勝負に出る。それで解決する。困るのは女の場合である。下手に押したりするとどんな言いがかりを付けられるか分からない。最近少しずつ普及している「女性専用車両」の終日運転を希望する。化粧品の刺激臭が充満した車内で、どうか窒息して下さい。
- by Shirokuman
- 12/16/2001
- ・新明解シロクマ辞典・
もりしんいち(森進一)
忘れた頃に度々訪れる暗いもやの様なもの。耳を澄ますと「おふくろさん」という声も聞こえる。
あまり好きな人ではないし、彼の事については私よりも詳しい人がたくさんいると思うので、ここでは彼に関する「笑い話」を2つ。どちらも事実そのままである。
1)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』からの引用。
森 進一(もり しんいち、1947年11月18日 - )は、演歌歌手。演歌のみならず日本の芸能界を代表する大御所の一人に数えられる。本名は森内 一寛(もりうち かずひろ)。 元妻は大原麗子と森昌子。
セミヌード写真集を出したことがある。
2)以前ラジオで、「街で見かけた有名人」といった投書コーナーがあり、そこに「銀座で森進一夫妻を見た」というハガキが紹介された。
私は先日、銀座四丁目の交差点で森進一・森昌子夫妻を見ました。お二人は買い物途中だったようで、大きな紙袋を持って仲良く信号待ちをしていました。昌子さんの方はとても楽しそうに進一さんに何か話しかけていましたが、進一さんの方は前を向いたまま眉間にシワを寄せて、何だか「眩しそうな」顔をしていました。
- by Shirokuman
- 02/22/2007
- ・新明解シロクマ辞典・
