でじたるかめら-その2(デジタルカメラ-その2)

本屋に並ぶデジカメ雑誌をパラパラと立ち読みしていて、何だか妙な気持ちになってしまった。「初心者のためのデジカメ選び」の類、「きれいに写すには」の類、その辺りまでは素直に読めたのだが、「きれいに仕上げる」のあたりから気分は複雑になってくる。そこには『パソコンでの加工』のありとあらゆる技法が書かれている。「こんな失敗をした時は」から始まり、「さらに美しく見せるには」と続く.....
写真は「ありのまま」に写るから面白いのではないのか。その機能は時に撮影者の意図を裏切るけれど、それもまた写真の魅力ではないのか。「自分の目で見ているもの」と「自分で見た(と思っている)もの」の違い、写真はそれを教えてくれる。人間は狡く出来ているから、今見ている被写体を必ず何処かで自分の好みに修正してしまう。出来上がった写真を見たときに「こんなはずではない、もっと.....」と思うのは、(露出ミスやピンぼけは別として)自分の記憶を無意識に修正してしまっているからだ。逆に、何気なく撮ったスナップの1コマが思いがけず印象深い作品になってしまうこともある。プロと呼ばれる人たちは、その辺りをしっかりと計算に入れてシャッターを切る。ファインダー越しに自分が今見ている被写体が、写真になった時にどう変わるかを予測しているのである。写真が自己表現である以上、出来る限り自分が写したかった風景を自分の好みに仕上げたいとは思う。だが、上に書いたパソコン上での『加工』はどうだろう。それはもはや写真とは別の、コンピュータ・グラフィクスなのではなかろうか。そうすることを否定はしないが、それを「写真」であるとは言って欲しくない。