もりしんいち(森進一)

忘れた頃に度々訪れる暗いもやの様なもの。耳を澄ますと「おふくろさん」という声も聞こえる。
あまり好きな人ではないし、彼の事については私よりも詳しい人がたくさんいると思うので、ここでは彼に関する「笑い話」を2つ。どちらも事実そのままである。

1)フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』からの引用。

森 進一(もり しんいち、1947年11月18日 - )は、演歌歌手。演歌のみならず日本の芸能界を代表する大御所の一人に数えられる。本名は森内 一寛(もりうち かずひろ)。 元妻は大原麗子と森昌子。
セミヌード写真集を出したことがある。

2)以前ラジオで、「街で見かけた有名人」といった投書コーナーがあり、そこに「銀座で森進一夫妻を見た」というハガキが紹介された。

私は先日、銀座四丁目の交差点で森進一・森昌子夫妻を見ました。お二人は買い物途中だったようで、大きな紙袋を持って仲良く信号待ちをしていました。昌子さんの方はとても楽しそうに進一さんに何か話しかけていましたが、進一さんの方は前を向いたまま眉間にシワを寄せて、何だか「眩しそうな」顔をしていました。

たり(TALI)

口の中でドロップを転がすようなオルガンの音。

さいのう(才能)

国語辞典には「物事をうまくなしとげるすぐれた能力」とあるが、それだけでは不完全。「持って生まれた」資質のこと。努力して身に付けるものではない。複雑なDNAの組み合わせによるものか、神の業か。

小学生の頃、図工の時間が嫌いであった。絵が描けないからである。教師はひたすら「見たままを描け」と私を脅迫した。「思った通りに」書く作文と、「見た通りに」描く絵ほど難しいものはない。放課後のドッジボールだけを楽しみに通学していた私にとって、実に憂鬱な時間であった。
ある時、教師は私たちを2人ずつペアにして向かい合わせ、お互いの顔を描けと指示した。真っ白な紙に、である。私は汗ばんだ。タイムマシンに乗って何処かに逃避したいと、祈った。しかし描かねばならない。クレヨンの黒をまず選び、髪を描いていく。髪は何とか描ける。次に肌色を選び、顔の輪郭を描いていく。これも何とかクリアできた。そして眉を描き、目を描き、口を描く。向かい合っている人間に似てはいないものの、人の顔であることは明白だ。ここまでで45分授業の約半分を消化。周りの友達の絵を見ても、まだ完成している絵は無い。いいペースだ。いいペースなのだ。しかし、ここから私の手は金縛りにあったように動かなくなってしまう。
「鼻」である。鼻は描けない。正面から見た鼻をどう描いて良いのかが分らない。10分は固まっていたと思う。汗も流れていたと思う。私は相手の顔と自分の絵の中心を交互に見つめ、悶えていた。時間はどんどん過ぎていく。苦し紛れに隣の子の絵を覗く。黒いしっかりとした線で鼻が描かれている。「そうか」と思う。真似をしてみようと黒いクレヨンを持ってみるが、描けない。何故なら、人の鼻には「黒い線」など何処にも無いからである。見たままを描けと言われているのだ。見えない線は描けない。私は黒いクレヨンを箱に戻し、諦めた。目を閉じて、禅僧のように時をやり過ごした。

授業が終わり、絵を教師に提出する。
「あら、●●君、鼻はどうしたの?時間がなくなっちゃったの?ホホ」

「ホホ」?
「ホホ」だと?

よしいかずや(吉井和哉)

先日TVの歌番組で彼が歌っている姿を久しぶりに見た。生ギターをぶら下げて歌っていた曲(Beautiful)が妙に引っ掛かったので、TUTAYAにGo。イエローモンキー解散後のソロアルバムを3枚聴いてみた。

すごい。

どの曲もみな素晴らしいのだけれど、特に感動したのはファーストアルバム『at the BLACK HOLE』の1曲目「20 Go」。それはもう小学生でビートルズを聴いた時と同じくらいの衝撃(笑)。鮮烈な歌詞と重く美しいメロディ。この曲をファーストアルバムの1曲目に置いたという彼のセンスにも脱帽した。

説明の無い、放置された言葉が、重く濁った液体の中で微生物のように生きている。沈殿したり浮かんだり、くっついたり離れたりしながら、ネバネバと遊んでいる。それは絶望的な光景のようでありながら、少し微笑ましくて、懐かしい匂いがする。気が付くと、私もその液体の中に閉じこめられている。遠くからひどく美しい旋律が響いてくる。振り返ろうともがくと、甘い粘液が私に流れ込んでくる。息が出来ない。息が出来ない。

とぇにとぇにごぅ
とぇにとぇにごぅ
とぇにとぇにごぅ
とぇにとぇにごぅ おぅ
とぇにとぇにごぅ
とぇにとぇにごぅ
とぇにとぇにごぅ
とぇにとぇにごぅ

遠ざかる意識の中で私は、細胞を愛撫されている事に恍惚としている。

かるちょびっと_そのご(カルチョビット_その後)

私はまだ悩んでいる(笑)。
本当に深い。深過ぎるゲームである。

おそらくこの「深さ」は、ゲームで遊ぶ人間(監督=私)が勝手に作り出してしまっているのだと思う。そして、そうなることをゲームの作者は予測してニヤニヤしているに違いない。思う壺、である。

前回、特訓によって成長させる選手の能力とは別に、選手の性格が育つ、と書いた。その後攻略本やWEBサイトで調べ上げた結果、選手の「走る」「蹴る」といった基本能力のパラメータの他に、行動パターンを決める裏パラメータがある事が分った。その中で重要だと思われる項目が下記である。
1)ディフェンスのタイプ(ゾーンなのかマンツーマンなのか)
2)自分でボールをキープして突破を図るタイプかパスを重要視するタイプか
3)MFやDFは前線にオーバーラップするか、しないか
4)FWはどの程度動くか(ゴール前に待機する時間、守備に参加する時間)

この組み合わせによって選手がストライカーになったりアタッカーになったり、スイーパーになったりストッパーになったりする。なるほど。それならばと、私好みの選手をポジション別に数年がかりで育てあげ、配置してみる。結果、国内リーグ戦・国内カップ戦・海外でのカップ戦を全勝。私のチームはついに頂点に立ったのである。

が、しかし。
こういうゲームを好きになる人間が、これで満足するだろうか。これ程もどかしくまったりとしたゲームを好きになる人間が、ゲームのエンディングを見たからといってソフトを箱にしまうだろうか。否。「より強く」と思ってしまうのよ(笑)。

そもそもこのゲーム、選手のフォーメーションとDF・FWの基本ラインを変える事が出来る。例えば「3-5-2のシステムでDFラインとFWラインの間隔をコンパクトにして中盤のボール支配率を高めよう」といった具合。この例に最適な選手を育てて配置したとする。申し分の無い動きで監督を喜ばせてくれる選手達。ところが、あるチームに対しては「圧勝」なのに、同じレベルの他のチームには何故か「辛勝」といった現象が起こる。相手チームとの相性(フォーメーション的なもの)も関係しているようだ。そこでフォーメーションを再検討してみる。このゲームでは1チームに2種類のフォーメーションを設定出来、ゲーム中に切替える事が出来るようになっている。2つ目のフォーメーションは「5-4-1でカウンター狙いを」...あれ?
もうお分かりだと思う。3-5-2に最適化した選手は5-4-1では上手く機能しない。それならば控え選手も強化して、3-5-2用の選手と5-4-1用の選手を育ててベンチ入りさせれば...あ、そうか、選手交代って1試合3人までだっけ...げっ、要のMFがケガで退場...うわ、なんだよ相手チームに2億円のスタープレーヤーが移籍してきてるじゃん...

思う壷である。