自転車から見る風景002(ポッターズ・ハイ)

荒川サイクリングロードを走る。ゆっくりゆっくり、風に吹かれてペダルを回す。12月のサイクリングロードは枯れかけたススキでいっぱいだ。どこまでもどこまでも同じような風景が続く。サングラス越しに見る川面は黒く、ススキは白く、快晴の青空にグレーの道。他に色は無い。この先どこまでこの道は続いているのだろう、風が冷たいな、だいぶ遠くまで来たな、そろそろ水分補給かな、工場の煙突から煙りが出てる、写真撮ろうかな、取り換えたばかりのサドル、いい感じだな...。

そんな時である。
ふっと、自分が今ここにいる事が不思議に思える瞬間が来る。自分は今どうしてここにいるのだろう?どうやってここまで来たのだろう?ここは何処だろう?夢の中にいるような、自分の存在がとても不確かで、それでいて心地よい空間。風の音しか聞こえない。横では妻が写真を撮っている。遠くには野球をしている子供たちも見える。それは確かな事なのだけれど、自分の存在が量れない。薄い膜一枚で隔離されているような、違う時間の中に放り込まれているような、不思議な磁場の中にいる自分を感じることがある。

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で、何だ、と(笑)。

自転車という乗り物だからこそ、なのではないのかなと、思うわけです。それもポタリングだからこそ。ランナーズ・ハイならぬ、ポッターズ・ハイ。例えば同じ道を歩いたとする。でもきっとこの感覚は味わえない。歩くスピードでは、風景がずっと自分に付いてきてしまうから。どれだけ歩いても、常に自分が今いる風景を見続けるわけだから。バイクやクルマだと、今度は風景を振り切ってしまうし、移動することに集中しなければいけなくなってしまう。自転車に乗って、ゆっくりと、しかし歩くのとは違うやや非日常的なスピードで移動して風景を眺めることの連続が、この快楽を産み出すのだと思う。

ああ、書けば書くほど伝えたいことから離れていく(笑)。
みなさんも自転車に乗って、無目的にゆっくりダラダラと走って、適度に疲れた頃に立ち止まって風景を見て下さい。きっと「ポッターズ・ハイ」が味わえるから。

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