さいばん(裁判)
秋田県藤里町で06年に起きた連続児童殺害事件で、殺人と死体遺棄の罪に問われ、一審に続いて控訴審でも無期懲役の判決を言い渡された畠山鈴香被告(36)について、仙台高検は7日、上告を断念した。上告期限は8日。弁護側は態度を明らかにしていない。
検察側が死刑を求刑したのに対し、弁護側は有期刑を求めていた。
3月25日に仙台高裁秋田支部であった二審判決は、被告の長女彩香さん(当時9)への殺意があったと一審判決より明確に認定。さらに米山豪憲君(当時7)の殺害についても、殺意をもって自宅に招き入れ、首を絞めて殺害したと認めた。しかし、判決は「更生の可能性はある」などとして死刑を回避した。
仙台高検が上告を断念したことについて、豪憲君の父勝弘さんは7日、高検の検事から謝罪されたことを明らかにしたうえで「死刑判決を求めてきた検察がどうして。最後まで戦ってほしかった。子どもの命が軽視されている。上告断念となれば、何も救われるものはない。見放された」と語った。
【asahi.com 2009年4月7日23時12分】より引用
凶悪事件の裁判の度に、いつも感じる事を今回簡単にまとめてみるね。
> 「更生の可能性はある」
論点がずれてると思うんだよね。「何が起こったのか」そして「どう償うのか」を確定させるのが裁判でしょ?「犯人の今後」よりも「償う事」が先でしょ?更生して、無期刑が減刑されて出所して、善良な市民に戻ったとして、それからこの人は被害者遺族に対して何をどう償えるの?刑務所で、国民の税金で飯を食って暮らす事が「償い」なの?
人を殺した人が、生きていていいの?
全く理解出来ません。私が親なら、この先「どうしたら犯人を殺せるか」だけを考えて生きていくと思う。そしてどんな手段を用いてでも、それを実行すると思う。その後、自分が被告になった時に「私は更生する可能性がある」と主張すると思う。
- by Shirokuman
- 04/08/2009
- ・新明解シロクマ辞典・
